



江戸時代に佐竹北家の城下町として栄え、現在では「みちのくの小京都」と呼ばれる角館。初代所領の佐竹義隣に加え、二代義明の妻が京都の公家出身だったことが、京文化を色濃く残す理由といわれています。
西に桧木内川が流れ、東に奥羽山脈を望む南北3キロメートルの細長い町並みは、北に内町(武家町)、南に外町(町人町)といった城下町の町割。この町割に加え、武家屋敷の門や塀、主屋などの建物など当時の町の佇まいがそのまま残るところは全国でもそう多くはありません。通りを歩けば、樹齢250年以上の巨大な樹木が屋敷や道を覆い、静寂と独特の趣が感じられます。桜や紅葉の季節は黒板塀との色のコントラストも見事。人力車での散策も楽しめます。

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武家屋敷通りに現存する最も古い屋敷で現在も末裔家族が住み、一部を公開しています。武具甲冑類のほか、「解体新書」の初版本が所蔵されています。
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米蔵を改造した資料館で、佐竹北家に伝わる武具・衣服・調度品・古文書などを展示。京風の装飾が見られる打ち掛けや化粧箱もあります。
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黒板塀と武家屋敷が立ち並ぶみちのくの小京都。600mの間に6軒の屋敷があり、一帯は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。