



![]()
白河の関は、勿来の関(いわき市)とともに平安時代の重要な関所。
ここを越えるとみちのくであったため、そのときの感情がさまざまな形で詠まれでいます。中でも有名なのは、「都をば霞とともにたちしかど秋風ぞ吹く白河の関」(能因法師)。
霞たつ春に都を出たけれど、白河に着くと秋風が吹く季節になっていたという和歌で、季節の変化を使いながら都と陸奥の距離を表現しています。
現在、関所跡は国の史跡に指定され、周辺は「白河関の森公園」として整備されています。
※南湖公園の桜
白河藩主、松平定信(楽翁公)により、1801年に築造された我が国最古の「公園」
※白河提灯まつり
白河市鹿島の鹿島神社の例大祭で、日本三大提灯まつり(弥彦・一色・白河)に数えられる伝統を誇る勇壮な祭り。
※白河だるま市
目抜き通りを中心に約700軒もの露店が建ち並ぶ。
![]()

高村光太郎の『智恵子抄』でも知られる安達太良山は、二本松市の西部に位置する山。『万葉集』の中に、「安太多良の嶺に伏す鹿猪のありつつも吾は到らむ寝処な去りそね」という東歌があります。内容は、鹿や猪が安太多良山の決まった寝床に伏すように、私もあなたのところに通い続けるという恋愛の和歌。光太郎と智恵子の物語にも通じるものがあります。
また、安達太良山の麓の「安達原」も歌枕の一つ。当時は鬼が住む地といわれ、その伝説が『拾遺集』などの和歌に登場しています。
![]()

大小の島々が浮かぶ象潟は、松島と並ぶみちのくの名勝地。芭蕉も「松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」と『奥の細道』に記しています。
象潟を最初に詠んだのは能因法師で、「世の中はかくても経けり象潟の海人の苫屋をわが宿にして」(後拾遺集)。「苫屋」とは粗末な家のことで、それを自分の家にしても人間は生きていけるという意味。この和歌が有名になったため、「象潟」と「海人の苫屋」は対で使われることが多くなったといわれています。

![]()

「陸奥の奧ゆかしくぞ思ほゆる壺の碑外の浜風」(山家集・西行)。「外ヶ浜」は日本最北の歌枕の地で、かつて「外の浜」と呼ばれ、津軽半島の東海岸一帯を示していました。]
また、歌枕「壺の碑」は宮城県多賀城市とする説が有力ですが、青森県東北町にも同じ名前で呼ばれる石があります。西行の足跡は岩手県平泉町までしか確認されていないものの、「壺の碑」については不明な点が多いことも事実。「外の浜」と合わせて考えれば、青森県説も捨て切れません。
![]()
| 宮城県 | ●姉歯の松(栗原市) ●緒絶の橋(大崎市) ●金華山(石巻市) ●松島(松島町)●雄島(松島町) ●塩竈(塩竃市) ●末の松山・沖の石(多賀城市) ●おもわくの橋(多賀城市) ●浮島(多賀城市) ●武隈(岩沼市) ●名取川(仙台市・名取市) |
|---|---|
| 岩手県 | ●束稲山(平泉町) ●中尊寺(平泉町) ●岩手山(盛岡市など) ●北上川(岩手県・宮城県) ●栗駒山(岩手県・宮城県) |
| 山形県 | ●最上川(戸沢村など) ●月山(西川町など) ●袖の浦(酒田市) ●立石寺(山形市) ●羽黒山(鶴岡市・庄内町) ●湯殿山(鶴岡市・西川町) ●うやむやの関(山形市・宮城県川崎町) |
| 福島県 | ●勿来の関(いわき市) ●安積山(郡山市) ●信夫山(福島市) ●阿武隈川(福島県・宮城県) |
| 秋田県 | ●奈良の白橋(にかほ市) ●錦木塚(鹿角市) |
| 青森県 | ●津軽(青森県西部) |
![]()