contentsW Top

  • とうほく唯物論
  • 1
  • 2
  • 3
  • 次

「ほらタガ」を受け継ぐ職人。

【写真説明】金田さんの仕事場。手前に写る手付きの桶は完成に近いもの。一方、無造作に奥に積まれたものは、まだまだ乾燥期間の途中だとか。

【写真説明】“マエビキ”と呼ばれる横引き用の大きなノコギリ。使う部分の刃先だけに焼きを入れて、こぼれるとまた刃を刻んでいくという。

【写真説明】曲面を彫り出すために刃が弧を描いた“セン”をはじめとした、金田さん長年愛用の道具たち。使い込まれた風合いが歴史を映す。

山とともに生きる職人がこだわった『桶』/宮城・鳴子

宮城県西北部に位置し、温泉郷として全国にも知られる鳴子。この地の山間部の鬼首(おにこうべ)地区に、今なお昔ながらの桶職人がいる。それが金田孝一さんだ。
「桶づくりをしていた父親に手伝いをさせられているうち“オレが作った方が上手いんじゃないか?”って思い始めて(笑)。それがきっかけだったね」。

金田さんの父親は地元では親しみを込めて“ほらタガ”と呼ばれていた。ほら吹きのほらと、桶に欠かせないタガを組み合わせた意味のあだ名だ。
「父は注文を受けた時に“何日には出来上がる”と言うんだけど、納期に間に合わせようなんてほとんど考えてなかった(笑)。お客さんは出来上がった桶を担いで持って帰る準備をして、ひと山ふた山越えてわざわざ取りに来てくれるのに」。
しかし“腕前”には絶大な信頼があった。水が漏れないことは当然として、ほらタガが作った桶は、中に味噌などを入れても決して塩分が染み出さなかった。
「染み出しを止めるのは木の堅い年輪部分。桶づくりは、山に行って材料となる木材そのものから見極める“目”が必要なんです」。

桶づくりを始めてからは、真面目な金田さんだからこそ、そんな父親とよく反発しあったと言う。ある時、敬意をもって桶づくりの基本を問うと“秘伝だから教えられない”と突っぱねられて、ますますケンカになった。
「でもその後“一生懸命作ることだ”と言われて、確かにそうだと。難しいといえば難しいし簡単といえば簡単。だからこそ、一生懸命やるしかないんですよ」。

山の木に「物」が浮かんで見えるという、
そんな“ほらタガ”の息子の桶づくりとは?

次のページへ

  • とうほく唯物論
  • 1
  • 2
  • 3
  • 次