両関酒造社長、伊藤雄太郎さん。「意外に思われるかも知れませんが、祖父も父もお酒が飲めませんでした。その分、より真摯に酒造りに取組んだのだと思います」。ちなみにご自身は晩酌で“そこそこの酒”を2合。中元や歳暮で、取引先などから逆に両関の高級酒を贈られることがあると、本当に嬉しいという。 両関酒造は明治7年(1874年)に前身の合名会社伊藤仁右衛門商店として、七代仁右衛門が創業。以降、歴代当主は仁右衛門を襲名している。 酒蔵を併設する建物の中はひんやりとした空気に包まれている。どこか懐かしくほんのりと甘く漂う麹の香りが鼻腔をくすぐる。 |
【12月号】藤田嗣治と両関酒造に見る湯沢の魅力 秋田・湯沢市 |
「額装されることもなく家の中に無造作に掲げられ、幼い頃からずっと見ていた絵はやはり、あの藤田嗣治氏の筆によるものだった…。学生時代などの8年あまりを仙台や東京で過ごし、久々に家に戻ってこの絵をしみじみと眺めた時、あらためてその事実を再確認したんです」。現在この絵の所有者である両関酒造社長、伊藤雄太郎さんは懐かしそうに振り返りながらそう語ってくれた。
東北を代表する酒どころとして知られる秋田県湯沢市で、明治7年(1874年)の創業以来、130余年の歴史を持つ両関酒造。藤田嗣治の絵は“今”その応接室に飾られている。
「私の祖父の九代目伊藤仁右衛門が、湯沢に遊びに来ていた藤田にお願いして描いてもらった絵ですが、祖父は正直気に入っていませんでした。きっと頼んだからには、風景画や美人画など“これが藤田だ”という洋画が出来上がってくると思ったのでしょう。期待外れだったんですね(笑)」。
題材は、子孫繁栄と商売繁盛が託された元気な子供たちの姿。“藤田の白”と言われる独特の美しい乳白色と細い線が全面に表われ、色彩を極力抑えながらも生き生きとした生命力や躍動感を表現する稀有な才能が、その絵からは見て取れる。まさに子どもたちの声が聞こえてきそうな一瞬を的確に捉えた絵だ。しかし、子供の前掛けにそれぞれ“両と関”の文字が描かれたことで純粋な芸術作品とは言えず、ポスターや看板のような広告の雰囲気になっている。
「本当にずっと家の中に放っておかれていたんです。しかし天才画家の作品には違いないし、彼なりのサービス精神で“両関”の屋号を入れてくれた財産だと、私が戻ってきてから慌てて額装してここに飾るようになりました。その頃にはもう、絵はかなり日焼けしていましたが」。
フランスに留学して創作に勤しみ、日本人画家として世界から認められた不世出の天才、藤田嗣治。作風以上に語られるエキセントリックな行動でもさまざまな逸話を持つ彼の作品が、ではなぜ、そもそも両関酒造を営む伊藤家に残されることになったのだろうか。
藤田と両関とをつなぐきっかけとは。 |
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