「私らがやってる『ジンタ』は、軍楽隊が演奏する行進曲を口マネした“ジンジン、ジンタカタッタ”というリズムから名付けられたと言われていますが、今風のアレンジではない昔ながらのジンタをやるのは日本でウチの楽隊だけじゃないかと、逆に音楽に詳しい人たちからよく聞かされるんです」。そっけなくも、どこか誇らしげにそう語ってくれたのが『北村大沢楽隊』の楽長、渡辺喜一さんだ。 日本有数の漁港を持つ都市、宮城県石巻市の北村で、大正14年(1925年)の結成以来、運動会など地域の催しを中心に、80年以上もジンタを奏で続けている北村大沢楽隊。ちなみに現メンバー最年長の渡辺さんも同年の生まれだ。
「村会議員の人が“これで祭りを盛り上げてくれ”って楽器を買ってくれたことから始まったんです。ところが、それまでは笛とか尺八とか太鼓がせいぜい。誰もクラリネットやトランペットを吹いたことがなかったので、初代のメンバーは何をどう吹いていいかわからず、いくら練習しても音にならない雑音を周囲に“うるさい!”とよく怒られていたようです(笑)」。
当時は“楽器”という言葉すらまだなく、クラリネットは尺八扱い、トランペットはラッパ扱いで、ともに“鳴り物”と呼ばれていた。楽隊結成に際して集まってきた多くのメンバー候補たちのほとんども、演奏の難しさにぶつかり去っていった。
「ちょうどその頃、活動写真の上映会と一緒に、楽器を演奏する人たちも村に巡回してきたんですが、ここぞとばかりにお願いして、丁寧に手取り足取り教えてもらって初めて、ちゃんとした音が出せるようになったようです」。
日本にも西洋楽器が入ってきたものの、まだまだ地方ではその存在自体が珍しかった時代。そんな背景の中、しかし北村大沢楽隊は一歩ずつ着実にリズムを刻み始めた。
北村大沢楽隊が見てきた昭和とは。 
「私らの代が始めた頃の、いちばん良い衣装が学生服だったね。運動会なんかへ出かけても昔は機械(PA)なんてなかったから“どこから音が出てるの?”って、特にかあちゃんたちが興味津々で寄ってきてさ(笑)」。訪れた先では歓待され、多くの記念写真にも収まった。 |