「普通の切溜(きりため)は5段か7段。でも、作っているうちに7段ができるなら9段も、9段ができるなら10段もと思うようになり、試行錯誤を重ねながら徐々に段数を増やしていったんです」。そう語るのは“現代の名工”として国の認定も受けている岩手県の卓越技能者、桶職人の近江栄蔵さん。
日本民族学を創設した柳田國男の著書『遠野物語』の舞台として広く知られる岩手県遠野市。この地で70年余りも桶作りを続ける近江さんが、職人として技のすべてを注ぎ込んで製作したのが、入子状になった桶の“切溜(きりため)”だ。
「切溜自体は全国各地にありますが、関西方面などほとんどの地域では“お重”のように四角い形なんです。それが岩手県南部のこのあたりだけが、なぜか丸い形。作る側からすれば、それだけに難しいんです」。
切溜はもともと冠婚葬祭など、たくさんの人が集まる席で料理を振る舞う際に用いられてきた器の一種。特別な場合に使うため、普段は台所の戸棚などスペースが限られた場所に効率良く収納することが目的とされた結果、入子状となった。通常、多くても7段重ねというこの切溜だが、近江さんは職人として独自の挑戦を続け、最高で18段重ねの切溜を作り出した。
「それぞれの桶が出し入れしやすく、しかも全部を重ねた時にぴったりと収まるように、一番外側の桶から真ん中の桶に向かって、順に側面に勾配をつけています。このわずかな空間には、桶に巻いた“タガ”も収まりますが、どのくらいずつ勾配をつけていくかは、ほとんど感覚に頼る作業ですね」。
18段重ねの桶が、それぞれ一定の隙間を持ちながら同じ間隔で収まる。切溜は真上から見ると大木の年輪のようであり、ひとつひとつの桶を取り出して横から眺めれば、確かにほんのわずかに勾配がついていることがわかる。その点からも、一目で職人としての高度な技術を窺うことができる。
「材料は天然木だから湿度によって伸縮します。単に桶ひとつを作る場合であればさほど問題ではないですが、10数段を重ねていこうとすれば、その分を見越して作っていくことが大事です。それには技術以上に経験が必要ですね」。
近江さんが培ってきたものとは。 
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