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年輪のように収まった切溜。

とうほく唯物論【6月号】秘記に綴られた桶職人の思い/岩手・遠野市

近江栄蔵さんは大正8年(1919年)、代々製桶業を営む家に生まれた。
「父親も兄貴もみんな桶を作っていたけど、自分は嫌で仕方なかったですね(笑)。そのうち姉貴が大学を出て体操の先生になったので、自分も学校に行きたかったんだけど、父親から“おまえは桶屋を継げ”と。その頃よく言われたのが、自転車乗りを覚えるのと同じで、桶づくりをひと通り体で覚えたら、一生ものの技術になるからという説得でした」。
気づけば桶づくりをやらされることになっていた近江さんは、小学校4年生の頃にはすでにタガに巻く青竹を磨いたりしていたと振り返る。
「最初は材料として使わない“くず木”を割ったりしながら、板目や正目など木そのものがどうなっているのかを理解していったんです。そして16歳の時、初めて自分で桶づくりに挑戦したんですが、桶を丸く合わせていく方法がわからなくて、一晩中、試行錯誤して苦しんでいました。ところが、父親も兄貴もその様子を見て笑ってるだけで、決して教えてくれないんです(笑)。よし、そっちがその気ならと、作り方に関してこっちも二度と訊きませんでしたね。当然、最初はなかなかうまくいかないんですが、失敗しても怒られることはなかった。納得いくまで作らせてくれたから、余計に自分自身の体や感覚で桶づくりを覚えることができたんだと思います。まさに技術は教わるものではなく、見て盗んでやってみて覚えるといった感じでしたね」。その後、世は戦争へ動き始め、近江さんも軍隊に入隊。最後は航空情報連隊において活躍し、やがて終戦を迎えた。
「帰って来たら、やっぱり桶を作ることしかなくて。ずっと戦地に赴いていたので桶づくりからは離れていたわけですが、父親の言うように、幼い頃からやっていた分、しっかりと身について覚えていました」。
習うのではなく体で覚えるという感覚は、職人技を裏づける重要素。また、そこには代々受け継がれてきた“門外不出”の秘伝なども加わる。しかし近年、近江さんは自分が培ってきた技術を第三者に教えるための準備をはじめた。

近江さんが残そうとしているものは。

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