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まだ見ぬ後継者のための一冊。

■取材協力

近江製桶店
遠野市役所
遠野市立博物館

近江栄蔵氏
荒田昌典氏
長谷川浩氏

■遠野市ホームページ

http://www.city.tono.iwate.jp/

とうほく唯物論【6月号】秘記に綴られた桶職人の思い/岩手・遠野市

近江栄蔵さんは数年前から、桶づくりの方法や技術など、自らが苦労して体得した極意を“第三者”へと引き継ぐために、手書きでノートをまとめはじめた。
「時代の流れとともに桶の需要は年々減っています。このままでは職人が作った桶がなくなってしまうのではないかと思い、家の者でもなく弟子でもない、まだ誰かもわからない後継者に託すために残すことを決めました。他人に、しかもこちら側から秘伝を教えるなんて昔だったら考えられませんが、桶づくりが途絶えてしまうことには代えられないですね」。

『桶に関する秘記』と題された分厚いノートには、桶づくりに向かう際の精神のあり方から、材料の見極め方、作業手順、道具の使い方、勘所までが詳細に書き込まれている。もちろんそこには切溜に関する記述もある。1段ずついかにずらして勾配をつけていくかなど、段ごとにグラフ化された丁寧な説明図も添えられている。
「一気にまとめたわけでもなく、思い出すごとに加筆しています。切溜を説明する項目では想定を20段としていますが、実際に自分で作ることができたのは18段まで。理論では可能なんですが、やってみると難しいし奥が深い。何より、実用を考えるとそこまで必要なかったんです(笑)」。
ちなみにこのノートのコピーは、18段重ねの切溜や多くの道具とともに遠野市立博物館に収蔵されている。博物館の職員には、本気で桶を作りたいという人が現われたら全部見せてもいいと伝えてあるという。
「私はもう、ここまでの切溜を作ることはできません。でも、このノートと一緒に教えることはできる。誰か私の後を継いで、20段でも30段でも作ってみる人が現われたら嬉しいですね」。
まだ完成したわけではないというこのノートには、ひとりの桶職人のさまざまな思いが、切溜のように幾重にもなり綴られている。このノートをもとに将来、後継者がいかに修練したとしても、近江さんの桶に迫ることは限りなく難しいだろう。物自体は残していけるが、物づくりには、その職人だけの気概や魂が込められるからだ。そう思うほど、近江さんが作った切溜は美しい。

【読者の皆様へ】

近江栄蔵氏はご高齢のため、お客様にご満足いただける桶を提供できない、という名工らしい理由から、すでに桶づくりの依頼を受けておりませんので、近江氏へ『桶づくりの依頼に関する問い合わせ』は一切なさらぬようご配慮ください。なお、勉学などの研究・学習を目的とした学生の方や、趣味、あるいは桶づくりに興味をお持ちの方の場合に限り、お話だけなら構わないと承諾をいただきましたが、近江氏へのアポイントに関しては同様にご配慮をお願いいたします。

時代を築き上げた方への尊敬と感謝の気持ちがあれば、静かにお過ごしになられることを案じるのも、大人のたしなみかと存じます。読者の皆様のご理解とご協力を重ねてお願いいたします。

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