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美しいやキレイなどの印象を超越した魅力が力強く映り込んだりんご。「何をやっても実がならずに葉っぱが落ちていった時期にはさ、1個もならなくていいから、とにかく“枯れないでくれ”って祈ったもんですよ」。
現在、りんご畑には雑草が生い茂り、四季を通じてそこに咲き乱れる花々には、自然界と同じように蜂が集まってくる当たり前の光景を見ることができる。だからこそ、最初にりんごの花が咲いた時の感動は、今でも鮮明な記憶として脳裏に焼き付いている。「“おい木村、畑に行ってみろ”って言われて駆けつけて、りんごの花が咲いてるのを見た瞬間はやっぱりよ、ずっと忘れられないね。1本1本の木と日本酒で乾杯したけど、自分ばっかり先に酔っぱらっちゃってさ(笑)」。 |
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「ダメだった頃はさ、秋になると“もう来年はやめよう”と思うんだけど、冬を超えて雪解けすると“もう一年だけやろう”って気になるんだよね。女房は“続けましょう”と応えてくれた記憶はないんだけどね(笑)」。 |
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無農薬栽培に切り替えてから8年。こうして1986年に木村さんの畑には、たった2つの“奇跡のりんご”が実り、翌春には畑一面に秋の収穫を約束する花が咲き誇った。 「あんだけよ、りんごの花を美しいと思った時はないね。うれしかったし“おまえもよく頑張ったな”って、りんごの木に褒めてもらって、認めてもらったようで涙が止まらなかった。だから一人で、一升瓶のお酒を手に“ありがとう”って声を掛けながら、畑の全部の木の根元にお酒をかけて回って、一緒に乾杯したんですよ」。 |
収穫できなかった8年間、皮肉なことにりんごの価格は高騰していたという。「周りから“かまど消し”って言われてさ。こっちの言葉で、かまどの火が消えると家が滅びるって意味なんだけどさ(笑)。でもね、仮に2年くらいで無農薬がうまくいってたらさ、今でもりんごに対して傲慢な姿勢だったような気がするのね」。 |
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