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取材の間、深刻な話であっても途中で“ガハハ”と明るい笑顔を見せてくれた木村さん。「自分も農家だからさ、収穫できない辛さはよくわかるんだよね。要は取り組む姿勢に“心”があるかどうかってことじゃないかな」。
りんご畑の雑草は年に2回刈り取る。「春はさ、直射日光を地面に当てるためね。それでりんごの木が春を知って実をつけようとするわけ。秋は逆に、刈って木の根元に涼しい空気を入れてあげるのね。それでりんごの木は収穫のために葉を散らし、実に味(甘味)をつけようとするんです」。 |
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畑全体はもちろん、木も害虫も、木村さんはじっくりと見て回る。「よく言うのね。“オレの目が農薬だ”ってさ(笑)。でも本当は答えがわからないないから、答えを知りたいから、とにかく見るしかなかったのね」。 |
現在、木村さんの無農薬栽培に習おうと、りんご畑には全国から行政団体や農業を営む有志グループなどが頻繁に視察に訪れている。その中でも、お隣の韓国は国策として無農薬栽培を奨励する方向にあるといい、定期的な交流も盛んだ。また、木村さんに弟子入りした後進の指導のために各地を飛び回り、講演に招かれたりすることも多い。しかし木村さんは訪れた先で、りんごの話は一切しないという。 「ほとんどがさ、野菜と米づくりの話。だってりんごはさ、ずっと津軽が一番の産地であってほしいわけ。自分だって生まれ育った故郷だしね。だから津軽のりんごを守りたいってことでさ、よそでは話さないんです。ただね、苦しんだ8年を含め、30年あまりで培ってきた技術や知識は、聞かれれば何でも教えますよ。でも無理は言わない。だって、収穫できなかった時の辛さが同じ農家としてわかるから。どっちにしても取り組む姿勢に“心”がないとダメね。自然界から見れば、人間は新参者で何にも偉くない。そういう謙虚な気持ちになった時、かつての私のように、やるべきこととか、いろんなことが見えてくるんだと思いますよ」。 |
1986年、無農薬栽培に取り組んでから8年目に、最初に実をつけた“記念樹”とともに。「やっぱりよ、りんご作りはこれからも津軽が一番であってほしいわけさ。無農薬に取り組んでから離れていった仲間たちも多いけど、本音を言えば、また一緒にみんなで頑張っていきたいのさ、りんご作りをね。あっ自分は“りんご手伝い業”だけどさ(笑)」。 |
■取材協力 木村興農社 木村秋則氏 ■参考文献 『プロフェッショナル 仕事の流儀12』(NHK出版) 『PHP』2007年6月号(PHP研究所) |
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