漁船を操縦しながら、牡蠣の養殖筏がある舞根湾(もうねわん)の貝浜漁場へと向かう。「潮流を調べると大川から注がれる水は気仙沼湾よりも、大島からこっち側の舞根湾に流れてくる部分が多いんです。それにしても“貝浜”なんて、昔の人はうまいこと名付けたもんですね。その通り、ここでは何をやってもよく育つんです」。海の男の真剣なまなざしが覗く。 |
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畠山さんにとって、あるいは地球環境にとって“鉄”とはどんな意味を持つ物質なのだろう。また、どうやって鉄へと至ったのだろうか。 「それまでの漁師としての経験から、雨や雪が降って川の水が湾に流れ込むと、牡蠣はもちろん、シジミや海苔や海藻などがよく育つということを知っていたんです。ただ、それがどんな物質によるものか、どんなメカニズムになっているのか、素人にはわからなかったし説明がつかなかった。そこで研究者を探していたところ、北海道大学水産学部の松永勝彦教授(現在:四日市大学環境水理学教授)と出合うことができたんです」。 松永教授は、海水の中にわずかにしか含まれていない水銀の量を、世界で初めて正確に測定した研究者として英国科学誌『ネイチャー』にも紹介されており、また海水中の鉄分の研究についても熱心だった。そこで畠山さんは「海は森の恋人」運動を始めた後の平成5年(1993年)から翌年にわたって、松永教授に気仙沼湾の生物生産と大川の関わりについて調査を依頼する。 「牡蠣のエサとなる植物プランクトンが生長するのには鉄が重要なことがわかりました。ところが鉄はすぐに酸素と結びつく性質があり、粒子鉄となってしまうために細胞膜を通れず、植物プランクトンや海藻の生長にはあまり役立たない。しかし森林の腐葉土には、鉄を水に溶かす働きがあることがわかったんです。つまり、森で腐葉土を通ってきた川の水と海水が交わる汽水域(きすいいき)は、まさに海産物が育つ格好の場所なのだと。それが松永教授の調査で明確に数値化されたことが大きかったですね。また教授の試算では、気仙沼湾の養殖の水揚げ高約20億円のうち、18億円分を大川の水が担っているそうです。もし仮に、ダム建設などで環境が変わってしまったら養殖業者たちはとんでもないことになるわけです。行政が持っていない数値があれば“いざという時に役立つ”と、ますます自信をもって植林活動に拍車がかかりました」。 「広葉樹の葉っぱが腐って腐葉土になる時、フルボ酸*という物質ができるのだそうです。このフルボ酸は鉄と結びつきやすく結束も固いので、酸素と出合っても影響を受けることなく、そのままのかたちで海に届くんです。よく学生には“古い母の酸、フルボサンって覚えろ”なんて言ってますけどね(笑)。ちなみに、腐葉土はギリシャ語でフームス(humus)。これはヒューマニズムの語源のようです。そう聞くと、素敵に思えてきませんか」。 |
杉の間伐材を利用して作られた牡蠣筏(いかだ)の上で作業をする畠山さん。「ウチの場合だと1台で1年間に約3万個の牡蠣が身をつけます。でも養殖だって腕次第。だから片時も気は抜けないんですよ」。畠山さんの筏を含め、舞根湾全体では4,000台あまりの筏があるという。
筏が並ぶ貝浜漁場の水深は約40メートル。見事に大きく育った牡蠣は機械で引き上げられる。この真牡蠣は宮城種(みやぎだね)と呼ばれるもので、文字通り宮城の北上川河口で取れる種ガキが育ったもので、成長が早く、病気に強く、味がよいという三拍子そろった世界的な優良種。ちなみに“本場”と言われるフランスの牡蠣も宮城種だ。 ■フルボ酸 |